■一千一頁物語

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押井守監督最新作『東京無国籍少女』目覚めよ、と呼ぶ声の彼方




※以下、内容に関するネタバレがあります。極力抽象的に描きましたが何も知らずに観たい方は読まないでください※

押井監督の新作映画『東京無国籍少女』は、抑圧=凌辱されているという事実自体を、抑圧された人間の闘争の開始を描いた、ひどくフェミニズム的な映画、だと思った。

脳髄を麻痺させるモーツァルトの音楽が延々流れる中、骨のような白さだけが目につく学校を、苦痛に魘され彷徨う主人公の女性生徒、藍(アイ)。
藍はあらゆる物語の焦点にいながら、あらゆる人間関係への参画を拒み、理解のできない苦痛に包まれ続け、内面に潜り込むような創作に発作的に打ち込む。
壊れていく人間を描き続けた60分の果てに、一人の女性の助けを得て、象徴的な解放への道を得た藍は、自身への復帰を果たし、自分の体を凌辱する存在との闘争を開始する。

この回復の切欠として描かれる、ある象徴の価値観念をぐるりと逆転させるような展開には、少しハッとさせられた。
ネタバレなので詳細は避けるけれど、それは、今までの映画が女性をどう扱ってきたかを告発する描写でもあって、この場面から始まる闘争の描写に力強い意味を与えている。そこには女性同士の闘争への連帯が暗示される。厭わしい経血を健全な物に変えようとする問題含みの、けれど筋肉質の転換。
抑圧されている事、それ自体を抑圧する構造を、このシーンは指弾する。そして映画はクライマックスへ。
この後に続くアクションシーンは、各所で語られている通り圧巻。スツールを盾にしながら、尚、重い金属のスツールを押しながら敵に向かう場面は意思にあふれていた。

そして、最後、藍が闘争の果てに辿り着いた場所……けれどそこは、私には地獄に思えた。戦いの意思さえ、利用される場所。
映画の、藍という女性の物語は、抑圧闘争解放というサイクルを描いて、綺麗に、わかりやすく完結する。
世界の外から映画を見つめる観客には、違うものが残される。抑圧された世界の中で闘争を始めた藍は、テロリストであり革命者であり、殺戮者。だから藍は、その銃口を全ての存在に対して躊躇う事なく向けるはず。映画の中での戦いは、男性原理によって抑圧された世界の中で、男性原理に凌辱された女性性を藍が体に取り戻す事で始まる、フェミニズム的な象徴を持つ闘争だった。
それは、ある種の応援であるのだけど、闘争過程が凄惨な血を持って描かれる以上、映画は強烈なテロルの存在を暗示する。
だから、観客はその暴力の前に狼狽してしまう。
だから、藍が最後に辿り着く場所は、解放の闘争さえも抑圧の輪に取り込まれた煉獄に思えてしまう。
それでも、主人公は孤独の中で獣となり、内面の深みの中で創作を続け、既に抑圧への目覚めと、闘争を一人で開始した。
ラスト、藍に差し伸べられた少女の手を掴み、登った先で、少女たちと共に藍の見つめる先に広がる世界を、観客は共有することはできない。
エンドロールを見つめながら観客が取り残されるのは、殺戮によって自分を解放した絶望的な主人公の姿と、抑圧に満ちた自分の世界。
藍は作中で、「お前は何と戦っているんだ」と問いかけられる。その時の藍は間違いなく世界と戦おうと、していた。その藍が最後にたどり着いた、闘争が利用される場所で、藍は何と戦おうとするのか。エンドロールの前に、藍の微妙な表情を持って、映画は終わる。それが希望なのか、限りのない絶望的なのか、分からないままに。
その時、藍の見据える先にある敵の姿も、分からない。世界を敵に回した後の精神的廃墟の中で、人は何と戦うべきなのか。映画はそれを聞いているように、私には思えた。
押井監督がこの新しい世界の先を描くなら、押井監督の新作を、また楽しみに待ちたい。


追記
ところで押井監督がパトレイバーと東京無国籍少女以前に撮影したGarm Warsはどうなっているのかしら…。
昨年に東京国際映画祭で公開されてから1年が経とうとしていますが(こちらは当時ご覧になった方の感想をまとめたモノ   http://togetter.com/li/738031 )
イギリスでは上映抜きでBDの発売が決定され既にアマゾンの予約が始まっている模様ですけど、リージョン制限があれば日本での視聴はちょっと面倒な筈。

一刻も早い公開と発売を願います。

□スプートニクの黄色い耳



 人のために作られた犬たちの中には、人が世話しなくては生けてはいけない、そういう類いの犬がいた。つまり、誰もが言うように、人が作るものすべてが人の似姿なら、人もまた同じなのだろう。
 無意味に広大な砂漠を、延々とわたっていくたった一本きりの道路は、私にその事をはっきりと悟らせた。遠くから響くマンドリンの音は車のラヂオから流れる音楽で、肩を愛撫する感触はカークーラーの息吹でしかなく、微かな風は車の推進が作る産物、砂が青く光るのはドライブインの看板によってではなく月の照り返しだった。滅びた文明を行く感覚。
 今ある車と、ガソリン、それに幾つかの身の回りのもの、それが自分の全財産だと考え、砂漠の道を走りながら、こうなった経緯を想うと、犬と人の哀しい歴史に思考を飛ばさずにはいられない。
 月と地面の間をゆっくりと浮かぶ、人工衛星の黒いシルエットを私は恨めしく見詰めて、車を走らせ続けた。

□影で釣る

 私にはどうしても焼きたてのパンが必要だったから、私はなるべくバカに見えるよう努力した。バカで、誰かを待っている。私は私を餌にした釣りビトだった。肉片を一欠片、削って針で突き刺す。
 窓ガラスに写った私は明らかにバカで、男でも女でも、なんて素敵なバカなんだろう!と思うに違いなかった。
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