ごう、ごう、ごう、と音を立て燃えている。煙が捩れてほどけて、また捩れ。炎の中心は明滅しながら燃料を覆い隠す。火と火が重なりあうと、縁の色の薄い部位より薄くなるのだ、と妙な部分で私は感心した。
 夜風が頬をなで、一度瞬きをすると、頬を撫でる掌は炎の熱気に変わる。繰り返される温度の移り変わり。私はほっ、と息をついて地面に座り込んだ。熱気に肌を炙られ、風邪のようだった。
  私の前方、細やかな小川の幅一つ、その位の位置に、肌に吸い付くスーツの、黒いシルエットが、明滅しながら揺らぐ炎に照らされて、これまた縁だけが明るい影絵が、空高く聳えていた。
 彼らは、ある種の薬品と混合されると、よく、燃焼する、特に今日は気象条件が良い、乾燥した空気に微風だ、恵まれている。影が喋ったらしい。影姿から思い付かぬ、澄んだ声。女性なのかもしれない。けれど、私に意味までは聞き取れなかった。燃える音は乾いて肌を刺す空気によく混じり、声は炎の音に合成された。
 どのくらい、燃え続けるんですか?私は乾いた口で声を発した。空気は深々と、声を届けた。それが私には寂しく、怖かった。まるで、現実ではないようだったから。
 それほど時間はかからない。苦しみも無い。彼らの本能だから、悦ぶよう作られているんだ、そのように、人が望んだから。
 本能
 そう、刻まれて生まれてきた、変えることの出来ない性質、人の多くが、恋人を求めるのも同じとされていた、でも彼ら彼女らは、人がこうあってほしいと望んだ形を、本質に固定されてしまった。
 炎の音に紛れて、断続的な笑い声も聞こえた。私の声もこんな風に聞こえているのだろうか、嫌な気分になる。
 私も、同じなのですか?焼かれて。言葉に続くはずのの声は腹の中で消えた。現実感の薄さが喋る勇気を与えていたけれど、その感覚が同時に、一言で世界が崩壊してしまう予感を与えている。
 私の疑問符は、炎の中に吸収されたらしい。返事はなかった。もしかすると、自分と同じで、相手のお腹の中で消えたのかもしれない、返事か、質問か、どちらかが。
 私はこれ以上問いを出すのが馬鹿らしくなり、炎をじっと見つめた。夜の中にあっても、炎は目に柔らかだった。明かりに照らされ、周囲の地面が姿を見せる。荒くざらついた砂が固められ、上部に、微細なガラス質が煌めくのが見えた。その向こうには、森があるらしい、紺碧の夜が切り取られ、墨が置かれていた。右手に目を向けると、鋭角な線が複雑な調子をなして、夜を割いている。工場の影だった。
 炎をじっとみつめる。火が重なり、暗くなった窓から、人の顔が法悦に歪んでいるのが見えた。教化の授業で、見た事のある顔だ、私は考え込む。
 火の隙間から時おりに、人の顔や足、手が突き出しては、ひび割れ、くずおれる。何れも、部位だけで、人を超越した美しさを、見るものに与えた。夜の割れ目を通して、香る筈の無い、肉の焼ける臭いが、私の鼻を突き刺した。自分よりもっと前に居るあの人には、きっと更に良く香る筈だ、と私は空想する。
 人は、倫理的にあろうとして、かえって残酷になる、あの者たちが生まれたのは、人が望んだからだけではないのに、人が、勝手な望みと罪悪感と恐怖で、あの者たちを呪っている。
 慣れた呪文のように吐き出す声が、炎の音を突き抜けて良く響いた。それこそ、呪いのように。
 私は麻痺した感覚の底で、哀しんでいる自分の存在を発見し、驚く。あれは、燃やされて、悦んでいる、とあの人は語っていたのに。だから、私も、喜ばなくてはいけない、と考えても、哀しみは消えない。あの人の言葉に、嘘はなさそうだけど。
 ごう、ごう、ごう、と音を立て燃えている。煙が捩れてほどけて、また捩れ。炎の中心は明滅しながら人に似た形の彼らを覆い隠す。