天井のプロジェクタから、光がそっとこぼれ落ちて、空気に満ちる埃を、プロジェクタが優しくてらす。ケイシは、そこに天使の面影を感じ、そっとコウコの顔を見つめる。さっとプロジェクタの光が暗くなり、コウコの顔は闇に溶ける。動画が始まり、白い壁に世界が現れる。コウコとケイシは、幾度もこの動画を見ていた。
 誰もが知っているい事件の動画だ。この国を襲った災害の動画。けれど、動画にあるのは、報道ではぬぐい取られた、死の痕跡だった。死神さえいない、物質と生の分かれ目を写す写真の数々。ケイシとコウコは、この動画を時々見ては、世界の破壊が持つ厳粛さを、思い出そうと努める。1人の人が感じる苦しみを、感じなかった苦しみを、そしてそれが拭い去られた悲しみを。
 ケイシは病を抱えていた。命を奪わないけど、生活の大半を苦しみで奪う病だ。ケイシはやがて、死の事を忘れるようになった。一方のコウコは昔、世界の突端で海と山を持つ宿に勤めていた頃に、死神に出会ったことがあったと、ケイシに話していた。けれど、コウコが言うには、あの死神、臓器から、筋肉から、組織から、宝石を奪い一つ一つ数えあげるあの死神さえ、これを見せはしなかったのだそうだ。死神も、変わったのかもしれないと、今のコウコは思っていた。