神殿の羊

 僕の村ではアルテミアン羊が流行っていたんだ……と僕は旅の道連れであるドブネズミの君に話し掛けた。
 アルテミアン羊とは、ある小説に由来する人肉食の賢ぶった隠語で、僕の村では人肉食が行われていたという事を示している。ホントか嘘かは、分からない。解るような年齢になる前に、僕は村を出たから。正確に言えば、僕は村から追い出された。村での屈辱は、今も身体に深く刻まれていて、でも、細かいところは忘却している。それ以来、僕は旅を続けていた。ドブネズミの君と一緒に。
 僕は旅の途上、村で神様が死んだ事を知る。ずっと村の神様を守護していた魔術師が、神様を暴走させたのだと、ニュースは語っていた。ドブネズミの君は耳をTVに向けたまま、目だけは僕の方を振り向いていた。とっても大きな目で。
 僕はその村から無理やり追い出され、屈辱を受けた。いまさら、どんな未練があろう。しかし、僕はどうしても村へゆきたいと願う。なぜだろうか?きっと同じに見えたからだ。旅先でTVで観たその風景は、僕が追い出された時に見たものと、同じだった。違っていなくてはならない筈なのに。
 今、村は神様の透明な死肉に覆われて、人が行く事はかなわないというけれど。
 ドブネズミの君も、一緒に来るという。君も、来る必要はないのに。陽気そうな君は、一体どんな暗黒を抱えているのだろう。アルテミアン羊がはやり、今は死体と化した、僕の村。
 僕の村への旅路は遠い。だって、僕は村から逃げる旅を続けていたのだから。僕と、旅の途中で出会ったドブネズミの君は、一緒に旅を続けた。昔語りをしながら歩んでいく。村の先生の好物とか、初恋の人が嫌いだったものとか、両親の顔とか。
 ようやくたどり着いた村は、僕がTVで観たのとは大分違う光景だった。つまり、僕が村を追い出されたときに見たのとは大分違う、ということ。神様の死肉はもう腐って、実体化して、そこら中に散っていたし、そういうものを食べる動物も、そこら中にいた。豚とか、牛とか。ドブネズミの君と僕は、食べられないように慎重に神殿を目指したんだ。壊れた街は、巨人の死骸だった。街が延長された身体なら、瓦礫は死骸の欠片だ。
 やっとの事でたどり着いた神殿には、魔術士の死体が掲げられていた。まだ腐っていない。それを見て、僕はそれを引きずり下し、ひどく食べたくなった。特に理由はない。ドブネズミの君は、勝手にすれば、と言ったよね。
 この魔術師を村に呼んだのは、実は僕だったのかもしれない。そんな風だったら、僕の物語を埋めてくれるのになぁ、と思いながら、僕はその死体をむさぼった。