■一千一頁物語

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小説

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『How beautiful the ordinary』性的マイノリティが恋愛物を読んで泣けるようになるという事/異性愛と健常者の世界で窒息する事


  • 読書をする理由は、数え切れない。けれどもし、あなたが若く、自分という者が不確かで、何者になるのか分からない時期にあるのなら、本のページの中に自分の反射を見出す事は、読書をする大きな理由の一つ、になるかもしれない。
  • 自分が一人ではなく、あなたがーあなたが恐れるようにーたった一人の孤独な種族でない事を見出す事は、なんという安らぎだろうか。けれどもし、図書館いっぱいの、本の中の自分の姿を求めて探し回り、なのに結局、探索が無駄に終わったとしたら、どうだろう?
  • それが、あまりにも長い間、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランス、の若い人々が立たされてきた苦境だった。
 
作品名:How beautiful the ordinary 序文
作者:Michael Cart
ページ数:1頁
(上文は私訳)





 感情移入というのは、私にとって見知らぬ影のような人でしかなかった。多くの人が感情移入について語り、それより少しばかり少ない人びとが、感情移入に対して武装していた。


 私自身、後者の末席に位置していて、自分と感情移入の間に関わりはないだろう、と思っていた。


 例えば、私が感じるのは、ある人物が漏らす一瞬の思考への一瞬の共感であり、現実に穴を開ける光景への驚きで、世界の行進の中で見捨てられるものを発見することの慰めだった。

 
 或いは、作品の解読を楽しみ、鑑賞し、妙技を味わい、美学的な意味で読んでみる事。それは、継続的に登場人物の気持ちに入り込み一喜一憂する感情移入とは、全然、別のもの。


 まして、分けても恋愛物と呼ばれるジャンルは、むしろ自分にとって、嫌な巷の人気者でさえあった。


 男女の心の揺れ動きには、何も揺さぶられなかったし、そこから覗く深淵も、奇想と幻想の彩り抜きには余りに侘しく思えた。その世界は、ひどく貧困な想像力に彩られているようにしか思えなかった。


 神への、象徴的だったり抽象的な物への思慕は理解できた。けれど、男女だけの心の動きは、何も響かなかった。


 今にして思えば、その当時の私ーと言ってほんの1、2年前のことだけれどーは、男女の世界の中で溺れかかっていたのだ。




 けれど、中山可穂さんのある短編集を読んで、私の価値観は大きく変えられた。
 それは私が一番苦手なタイプの物語を収めた短編集だった。


 浮気し、不倫し、愛情を信じられず、別れ、社会的に傷つき、どうしようもない人がどうしようもい恋情に朽ちていく。私が嫌悪していたのは、まさにそういう緩い体温が絡み合う題材だった。


 それなのに、それが楽しめた。初めて、登場人物の心の動きに自分が寄り添い、一緒に悲しみ一緒に喜べた。


 中山可穂さんの小説が、私が今まで読んだ恋愛小説と違っていたのは、ただその主題が一般的(とされる)異性愛以外の可能性をふんだんに含んだ物語だった、という事だけ。

 かつての私が経験したような(私はあえて区分するならバイセクシャルだけれど)女性同士の恋物語。


 たったそれだけの事で、私の評価基準はまるで変わってしまった。たったそれだけのことで、私は人の体温が絡む恋愛が、たまらなく好きになってしまった。


 ここでようやく、冒頭で引いた『How beautiful the ordinary』の紹介に移れる。『How beautiful the ordinary』は、LGBT(とされる人びと)を題材にしたアメリカのYA短編集。


 内容は多彩の一言。犬となった少年の幻想的な戯曲風小説から、グラフィックノベルと呼称されるマンガ作品、SNSのやり取りを抜き取るような作品まで。
 

 現代アメリカの小説世界を横断するような多彩さと品質の高さは、それだけで楽しい。


 けれど、何より心に響いたのはその序文。


 冒頭に引いたのがその初めの箇所。
 昔の自分が何を求めていて、何をなくしていたのか、中山可穂さんの作品を読んでからずっと考えていたことが、この文章の中に濃縮されていた。


 私は、性的マイノリティのコミュニティの中でも、若干の差別意識を感じる性的マイノリティで、難病を抱え体力がなく、車椅子を使用する障がい者だ。私にとって、異性愛を当然の前提とする世界は、私自身の経験からはあまりに縁遠く、程遠おい、異世界だった。


 私の光の反射はその大事な部分が、創作の世界の価値観から切り離され、創作されたテクストが織りなす世界の中で、見えない存在となっていた。そのことに気づくこと、それ自体が救いだった。


 溢れ出る異性愛、健常者の世界の中で、私は殆ど窒息しかけていた。


 状況をそのように認識することは、それはそれで勇気のいることだ。だから哀れだとか不幸だ、ということではなく、目前の隙間をそのように冷静に見つめること。


 『How beautiful the ordinary』の序文はこの後に、本を読む理由の一つに、自分と違うものの気持ちを感じること、を挙げる。 


 それが普通であり、自分たちの一部であり、そして違うこと。単純に相対化するのではなく、差異を備えた自分たちという考え方。


 だからもちろん、異性愛の物語にも、私は価値を見出せるだろう。けど、世界はあまりにそれ一色で塗りつぶされていた。



 それ以来、私は幾つもの同性愛の恋愛物語にのめり込むようになった。幸い、日本にはその類の創作物が存在してくれている。


 もちろん、私はそれ以前にも多くの同性が恋をする物語を読んでいた。けれど、私はそれらに自分が惹かれる理由を過小評価してしていた。その意味を、全く読み取れていなかった。


 私は恋愛を見て泣けるようになった。自分の過去を、見直せるようになった。創作の中の光の反射を通じて、自分の顔が見えた。


 それによって得られる価値、というものを、私は初めて知った。私が失わさせられていた価値を、初めて手に入れた。


 障害を持った少女たちの恋愛を描いた南部くま子さん/森島明子さん『囁きのキス』という恐ろしくライトでラフな作品を読んで、障害を持って性的マイノリティである自分への評価を、変えることさえ出来てしまった。


 ザ・ウォシャウスキーズの『Sense8』のノミとアマニータの物語にどれほど心を動かされたか。


 幾つもの作品の上に私は涙を流す事ができるようになった。



 自分がずっと、バベルの図書館の中で自分の反射を見出そうと足掻いていた事を知った時に、私は恐ろしく救われたのだった。



 それは言語と人間精神の基礎をなすものかもしれない。


 
 私たちの言語は同語反復で基盤が出来ている。辞書の愛の項目を手繰れば、その事は嫌という程よくわかる。私を定義するのは、私の似姿でしかない。


 愛は恋の言い換えであり、恋は愛の言い換えだ。


 同語反復的なトートロジーが言語を支配しているのなら、言語と共生する精神も、根底にトートロジーを隠し持つだろう。


 そんな人の精神は、似姿を、自分の光に近い一粒を見つけられない時には、社会の中で窒息していくかもしれない。

 
 フィードバックのないプログラムか回路のように、ショートし、バグを吐き出し始める。そういう時に必要なのが、自分の似姿だ。創作の中の、社会の中の、身近な人の。


 世界の中にそれを見つけにくいマイノリティは、マジョリティの世界の中で次第に窒息していく。


 他人の中に見出せる、共有できる価値観が、嫌になるほど少ない事が、存在を不安にしていく。だから、不安をかき消すような、自分の似姿がどこかに必要なのだ。



 創作の中にだけでも、創作の中にだからこそ。



 そんな当たり前のことに気づくのに、恐ろしいほど長い時間がかかった。


 もっと豊穣な創作世界が、拓けていけばいいと願っている。


 それは私を救ってくれ、そうした作品がその存在を教えてくれた私に似た誰かを、救ってくれるだろうから。


◼︎ロサキネンシス

 彼は薔薇を育てることに心血を注いでいるらしいのだけど、薔薇の形態的な要素、外見については全く関心を示さない。薔薇を育てるには、薔薇の様子に気遣わないといけないのに、外見を評することが全く無いのは不思議なのだけど、この日も、薔薇の奇形に気がついたのは僕が先だったのだ。
 この薔薇一輪だけ双子みたいだよ、ほら、ひとつの茎なのに、真ん中が二つ。僕は居間で新聞を読んでいる彼に、ベランダの開けた窓から話しかける。彼が気づいていないであろう事は指摘しない。すると何故か不機嫌になるから。
 ああ、ほんとだ、珍しいね、時々あるみたいだけど。彼は新聞から目を上げて、眼鏡の位置を調節する。この頃彼は老眼で、僕は心配だった。
 時々?珍しい?どっちなの、それ、えっと、そうじゃなくって、これって、このまま育つ?僕はそうなったら、僕ら二人みたいでロマンティックだな、なんて呑気な事を頭の片隅で考えている。彼は年を取っていたけど綺麗だった。
 ううん、たぶん、ダメだね、大抵片方がもう片方を飲み込むからね、最後には大きな一輪の薔薇になるんだ、たぶん。育てている薔薇の外見に拘らない癖に、知識は豊富なのだ。そういう所がチグハグで、面白い。僕は彼が好ましかった。

□ゴジラ断章 羊雲の山脈



 その頃、ひび割れ少年のヒゲのように哀れな下草しか持たない地面の下で、人が石油を探そうとして果たせず骨となって崩折れる大地の下で、怪獣は眠りながら、地面の下の遥か奥にある大地の熱を感じていた。それがほんの少しずつ冷めていくのを、数億年の時の中でゆっくりと感じていた。
 同時に、彼女は地面の上を歩く小さな小さな獣の姿を夢見ていた。獣の毛に朝露が集まり獣の舌がその雫を受け止める、微細なシステムを見ていた。菌糸の交わす言葉の意味はわからなかったけれど、その囁きの音は良く知っていた。
 ただ、若いというよりは稚さない形をした少年の足に嵌められた小さなブーティが立てる足音は、確かにその怪獣には聞き覚えのないものであった。それが人の足音という事は彼女にもわかったし、少年がもう一人、大人に近い年頃の友とともに歩んでいる事も、わかったのだけれど。
 大人の方が、地面の草を踏みつけ、上を見上げながら恐る恐る言った。人類が足を運ばない、そういう涯の土地の一つだよ、ここは。少年は彼を見上げ、セーラー服の襟を立てて周囲の音を伺った。
 何も聞こえない……命の声も凶鳥の声も……平安の世からずっとそうだったって、僕は婆さんに聞いたよ……。
 平安だって。大人の方がおどけて言ってみせる。平安はないだろう、先の大戦は関ヶ原なのか。
 ここには怪獣が住んでるんだよ、だから生命の欠片もないんだ、あいつら、彼女らと彼らは、他の命を全て吸ってしまうんだ、途方もなく大きいからね。
 じゃあそいつはきっと最後の一人だよ、こんな土地は、他にはないからな。
 その時に折良く、地面から剥離した薄い土のプレートを、風が巻き上げて日に透かして見せた。掌ほどもないプレートは直ぐに、小さな粒子に変わってしまった。
 怪獣はじっと二人の声に耳を傾けていた。そんな事は思ってもいなかったが、かつて地球が燃え盛っていた頃には、幾多もの同類が延々と炎と戯れていた。あれらは皆滅んでしまったのだろうか。こうして冷えていく地殻を抱きしめるうちに。
 怪獣はそう思うといても立ってもいられなくなってしまった。
 世の中にはあり得そうもない事が、無限性の助けを得て起こってしまう。途方もない偶然と些細な意思の低周波が、人の運命への考え方、ドラマへの感傷を打ち破ってしまう。
 怪獣たちは突然、自分が最後の一人なのではないかという疑惑に囚われてしまった。


  彼女が、ひび割れていかにも不毛な顔で沈黙を続ける地面に向けたズームカメラから視線をそらし、スロットルを開いて機首を上空に向けると、潅木の頼りない人差し指を口に当てた地面も、無数のアンテナを生やす地上の車両中隊も斜めになって視界から滑り落ち、ただ青く落ちていく空だけがコックピットのガラスに反射した。
 ゴジラ、と彼女は思った。豊かな緑が広がっていたこの大地から熱を吸い上げ、人口数億の大国が搾取するのと等しいエネルギーを消費して生を得る、ゴジラ。人間の土地から人間に必要な物を吸いあげ、人間の生存圏を甲冑がなければ息をすることもできない場所へと変えた、ゴジラ。ゴジラをそういう存在と見なす時、彼女は体が震えるような、途方もない宇宙につながった気分になった。
  警告が通信から入るまでの、一瞬、ということはつまり、世界の彼方を仰ぎ見る悟りの気分から、ただの怒られるべき悪戯小僧へと転落するまでの一瞬に、彼女は少しだけ気持ち固めた。


 高層の雲海の切れ間から、緑より濃い色をした木々の海が見えた。イズモの突端に設えられた展望台で、初めてここを訪れる人間はかならず来るが、何度も訪れる人間は希だった。しかし、背後の高層ビル群と、どこまでも広がる二重の海の対比は、見事だ。遠くに見える怪獣の山より大きな背中さえ見えなければ、人類がこの世界の王者であり、自分もその一人だという幻想に、生活の貧しさも忘れて浸ることができたかもしれない。
 展望台、といっても、空中都市の縁からそれほど突き出ている訳でもなく、靴を脱ぎ投げ捨ててみても、巧妙な設計で見えないように仕組まれた地面かネットに落ちるのが関の山である事を、アガサとクリスは了解していた。今は眠っているあのゴジラも実はそんな風な錯視の一種ではないか、とほんの少しだけアガサが思ったのは、ゴジラと展望台の間に信じ難いほどの距離があっる筈なのに、ゴジラがそれでもなお途方もなく巨大に見えたからだった。もしもそれがそれほど大きいのならこんな、空を浮く都市など一瞬で灰に変わるだろう。ゴジラの背びれの上の方に、数台の気球が浮かんでいた。


 地質学者、前に出すぎるな、と心理学者が額にトライフォールドを刻んだヘルメット越しに、通信で警告を出した。地質学者が脚を止めると、突然自分が随分他の人間たちから離れてしまっていたことに気がついた。鈍い光を放つ自分の甲冑が、地面から浮かび上がって見えた。
 生物学者が、もうすぐ追いつくから、と呟くと、気象学者が止めていた脚を動かし始めた。ゴツゴツと黒く続く石の群れの中を歩くのは、地質学者以外の誰にとっても、どうにも辛かった。軍人でさえ、時々は脚を滑らせている。何よりも、真珠母色に煌めく空の下を歩き続けるのは、果てのしれない夢のようだった。
 子供の声が聞こえる気がする、と軍人が一人、胸の内で考えた。地質学者は少し、彼我の距離を見ていると、不安になり、ゆっくりと後方の一団に向かって歩き出した。急がなくていいさ、ゴジラはこの程度の集団なら、生存競争の相手とはみなさないのだから。心理学者は地質学者がそう呟いたの聞くと空の彼方を見つめた。




□人と人でない人の物語


 ごう、ごう、ごう、と音を立て燃えている。煙が捩れてほどけて、また捩れ。炎の中心は明滅しながら燃料を覆い隠す。火と火が重なりあうと、縁の色の薄い部位より薄くなるのだ、と妙な部分で私は感心した。
 夜風が頬をなで、一度瞬きをすると、頬を撫でる掌は炎の熱気に変わる。繰り返される温度の移り変わり。私はほっ、と息をついて地面に座り込んだ。熱気に肌を炙られ、風邪のようだった。
  私の前方、細やかな小川の幅一つ、その位の位置に、肌に吸い付くスーツの、黒いシルエットが、明滅しながら揺らぐ炎に照らされて、これまた縁だけが明るい影絵が、空高く聳えていた。
 彼らは、ある種の薬品と混合されると、よく、燃焼する、特に今日は気象条件が良い、乾燥した空気に微風だ、恵まれている。影が喋ったらしい。影姿から思い付かぬ、澄んだ声。女性なのかもしれない。けれど、私に意味までは聞き取れなかった。燃える音は乾いて肌を刺す空気によく混じり、声は炎の音に合成された。
 どのくらい、燃え続けるんですか?私は乾いた口で声を発した。空気は深々と、声を届けた。それが私には寂しく、怖かった。まるで、現実ではないようだったから。
 それほど時間はかからない。苦しみも無い。彼らの本能だから、悦ぶよう作られているんだ、そのように、人が望んだから。
 本能
 そう、刻まれて生まれてきた、変えることの出来ない性質、人の多くが、恋人を求めるのも同じとされていた、でも彼ら彼女らは、人がこうあってほしいと望んだ形を、本質に固定されてしまった。
 炎の音に紛れて、断続的な笑い声も聞こえた。私の声もこんな風に聞こえているのだろうか、嫌な気分になる。
 私も、同じなのですか?焼かれて。言葉に続くはずのの声は腹の中で消えた。現実感の薄さが喋る勇気を与えていたけれど、その感覚が同時に、一言で世界が崩壊してしまう予感を与えている。
 私の疑問符は、炎の中に吸収されたらしい。返事はなかった。もしかすると、自分と同じで、相手のお腹の中で消えたのかもしれない、返事か、質問か、どちらかが。
 私はこれ以上問いを出すのが馬鹿らしくなり、炎をじっと見つめた。夜の中にあっても、炎は目に柔らかだった。明かりに照らされ、周囲の地面が姿を見せる。荒くざらついた砂が固められ、上部に、微細なガラス質が煌めくのが見えた。その向こうには、森があるらしい、紺碧の夜が切り取られ、墨が置かれていた。右手に目を向けると、鋭角な線が複雑な調子をなして、夜を割いている。工場の影だった。
 炎をじっとみつめる。火が重なり、暗くなった窓から、人の顔が法悦に歪んでいるのが見えた。教化の授業で、見た事のある顔だ、私は考え込む。
 火の隙間から時おりに、人の顔や足、手が突き出しては、ひび割れ、くずおれる。何れも、部位だけで、人を超越した美しさを、見るものに与えた。夜の割れ目を通して、香る筈の無い、肉の焼ける臭いが、私の鼻を突き刺した。自分よりもっと前に居るあの人には、きっと更に良く香る筈だ、と私は空想する。
 人は、倫理的にあろうとして、かえって残酷になる、あの者たちが生まれたのは、人が望んだからだけではないのに、人が、勝手な望みと罪悪感と恐怖で、あの者たちを呪っている。
 慣れた呪文のように吐き出す声が、炎の音を突き抜けて良く響いた。それこそ、呪いのように。
 私は麻痺した感覚の底で、哀しんでいる自分の存在を発見し、驚く。あれは、燃やされて、悦んでいる、とあの人は語っていたのに。だから、私も、喜ばなくてはいけない、と考えても、哀しみは消えない。あの人の言葉に、嘘はなさそうだけど。
 ごう、ごう、ごう、と音を立て燃えている。煙が捩れてほどけて、また捩れ。炎の中心は明滅しながら人に似た形の彼らを覆い隠す。

□罠はいつもお手元に

魚月月夜

 最近殺人が増えているよね、なんだかね、そんな感じがして、嫌だよ、本当に。テーブルの右から、それこそ殺人的な言葉が黒々と滲んでくる。私はそちらを向かない。それは罠だから。迷宮の奥で、宝箱をこれ見よがし、近づく冒険者の頭を撥ね飛ばす処刑器具。
 え?それで、その方はどうなったのですか?私は私の会話に集中した。目の前の相手のネクタイに描かれた猫の数を数えながら。
 うん、結局鯨に呑まれたんじゃないかって、その会社では噂でね、おかしいよね、鯨はオキアミしかのまないのに、ほら、歯みたいな髭が口に生えてて選別するんだよ、小魚だけをね。両手の指をつかって髭と、小魚、それに大きな魚――もしかするとかわいそうな人間――を演じる彼の手の動きに、私は集中して見入る。
 ですよね、私だって、深刻に考えちゃいますもん、何がいけないんだろうって。最前に別の声が重なる。ああ、これも罠だ。考えてはいけないのだ。私は知っている。
 例えばここで、え、そもそも前提がおかしいです、今年の殺人事件は戦後最小件数です、全体ではずっと減ってます、殺人なんて、といってしまえば、狂人は私で、途端に椅子が下ろされ、私は何処かへ連れて行かれてしまう。お前が薔薇を殺したのだ!と私の犯罪は指弾され、私は溢れ落ちる。理論的に喋るのは、狂人だけなのだ、鏡の外の、世界では。
 でも、鯨に当たったら、溺れちゃいますよね、きっと。私は彼と会話を続ける。彼はほとんど無害で、私にはない美徳で、それがとっても好きだった。彼と会話していれば、私は理性の世界に留まり続けていられるのだと、私は信じていられる。私は恐れず慎重に宝を探し当てる、冒険者ではなく、ただの市民だから。
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