■一千一頁物語

一瞬を凍らせる短歌やスナップショットのように生きたいブログ

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本の一ページを紹介するブックレビュー一千一頁物語 SSよりも瞬間的な創作小説SnapWritte スナップショットの感覚、短歌の精神で怖いものを探求したい…願望

□罠はいつもお手元に

魚月月夜

 最近殺人が増えているよね、なんだかね、そんな感じがして、嫌だよ、本当に。テーブルの右から、それこそ殺人的な言葉が黒々と滲んでくる。私はそちらを向かない。それは罠だから。迷宮の奥で、宝箱をこれ見よがし、近づく冒険者の頭を撥ね飛ばす処刑器具。
 え?それで、その方はどうなったのですか?私は私の会話に集中した。目の前の相手のネクタイに描かれた猫の数を数えながら。
 うん、結局鯨に呑まれたんじゃないかって、その会社では噂でね、おかしいよね、鯨はオキアミしかのまないのに、ほら、歯みたいな髭が口に生えてて選別するんだよ、小魚だけをね。両手の指をつかって髭と、小魚、それに大きな魚――もしかするとかわいそうな人間――を演じる彼の手の動きに、私は集中して見入る。
 ですよね、私だって、深刻に考えちゃいますもん、何がいけないんだろうって。最前に別の声が重なる。ああ、これも罠だ。考えてはいけないのだ。私は知っている。
 例えばここで、え、そもそも前提がおかしいです、今年の殺人事件は戦後最小件数です、全体ではずっと減ってます、殺人なんて、といってしまえば、狂人は私で、途端に椅子が下ろされ、私は何処かへ連れて行かれてしまう。お前が薔薇を殺したのだ!と私の犯罪は指弾され、私は溢れ落ちる。理論的に喋るのは、狂人だけなのだ、鏡の外の、世界では。
 でも、鯨に当たったら、溺れちゃいますよね、きっと。私は彼と会話を続ける。彼はほとんど無害で、私にはない美徳で、それがとっても好きだった。彼と会話していれば、私は理性の世界に留まり続けていられるのだと、私は信じていられる。私は恐れず慎重に宝を探し当てる、冒険者ではなく、ただの市民だから。

□神殿の羊

神殿の羊

 僕の村ではアルテミアン羊が流行っていたんだ……と僕は旅の道連れであるドブネズミの君に話し掛けた。
 アルテミアン羊とは、ある小説に由来する人肉食の賢ぶった隠語で、僕の村では人肉食が行われていたという事を示している。ホントか嘘かは、分からない。解るような年齢になる前に、僕は村を出たから。正確に言えば、僕は村から追い出された。村での屈辱は、今も身体に深く刻まれていて、でも、細かいところは忘却している。それ以来、僕は旅を続けていた。ドブネズミの君と一緒に。
 僕は旅の途上、村で神様が死んだ事を知る。ずっと村の神様を守護していた魔術師が、神様を暴走させたのだと、ニュースは語っていた。ドブネズミの君は耳をTVに向けたまま、目だけは僕の方を振り向いていた。とっても大きな目で。
 僕はその村から無理やり追い出され、屈辱を受けた。いまさら、どんな未練があろう。しかし、僕はどうしても村へゆきたいと願う。なぜだろうか?きっと同じに見えたからだ。旅先でTVで観たその風景は、僕が追い出された時に見たものと、同じだった。違っていなくてはならない筈なのに。
 今、村は神様の透明な死肉に覆われて、人が行く事はかなわないというけれど。
 ドブネズミの君も、一緒に来るという。君も、来る必要はないのに。陽気そうな君は、一体どんな暗黒を抱えているのだろう。アルテミアン羊がはやり、今は死体と化した、僕の村。
 僕の村への旅路は遠い。だって、僕は村から逃げる旅を続けていたのだから。僕と、旅の途中で出会ったドブネズミの君は、一緒に旅を続けた。昔語りをしながら歩んでいく。村の先生の好物とか、初恋の人が嫌いだったものとか、両親の顔とか。
 ようやくたどり着いた村は、僕がTVで観たのとは大分違う光景だった。つまり、僕が村を追い出されたときに見たのとは大分違う、ということ。神様の死肉はもう腐って、実体化して、そこら中に散っていたし、そういうものを食べる動物も、そこら中にいた。豚とか、牛とか。ドブネズミの君と僕は、食べられないように慎重に神殿を目指したんだ。壊れた街は、巨人の死骸だった。街が延長された身体なら、瓦礫は死骸の欠片だ。
 やっとの事でたどり着いた神殿には、魔術士の死体が掲げられていた。まだ腐っていない。それを見て、僕はそれを引きずり下し、ひどく食べたくなった。特に理由はない。ドブネズミの君は、勝手にすれば、と言ったよね。
 この魔術師を村に呼んだのは、実は僕だったのかもしれない。そんな風だったら、僕の物語を埋めてくれるのになぁ、と思いながら、僕はその死体をむさぼった。
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